ニッポンの嘘 〜報道写真家 福島菊次郎90歳〜

 

 

 

●8月例会                                                       

 

17(日) 。隠院В娃亜´■隠魁В械
18(月) 。隠粥В娃亜´■隠后В娃

例会場は、京都教育文化センター

 

 

 

 

 

 

 1921年山口県に生まれた福島菊次郎。そのキャリアは敗戦後、ヒロシマでの撮影に始まり66年になる。ピカドン、三里塚闘争、安保、東大安田講堂、水俣、ウーマンリブ、祝島―。レンズを向けてきたのは激動の戦後・日本。真実を伝えるためには手段を選ばず、防衛庁を欺き、自衛隊と軍需産業内部に潜入取材して隠し撮り。その写真を発表後、暴漢に襲われ家を放火された。それでもシャッターを切り続けた指はカメラの形に沿うように湾曲している。だが1982年、現場の最前線でシャッターを切り続けてきた菊次郎は保守化する日本に絶望し、瀬戸内海の無人島に渡る。胃がんを患いその生活を諦めるまで自給自足で生活した。「この国を攻撃しながら、この国から保護を受けることは出来ない」と年金は拒否。子からの援助も断り、自らの原稿料だけで生計を立てている。現在は相棒犬ロクとの気ままな二人暮らし。散歩がてらスーパーに買い物に行き、手際よく夕飯をこしらえ、エンジンふかしたバイクを転がし、補聴器の注文へ。飄々と、穏やかに日々の生活を送る。一見すると、そこに居るのは一人の老人。しかしいざカメラを構えた瞬間、鋭く獲物を狙う“報道写真家・福島菊次郎”が姿を見せる。冷静に時代を見つめ、この国に投げかけ続けた「疑問」を、今を生きる我々日本人に「遺言」として伝えはじめた時、東日本大震災が発生。福島県第一原発事故を受け、菊次郎は真実を求め最後の現場に向かう。満身創痍、37キロの痩せた体で地面に這いつくばり、強風に煽られながら、それでも被写体を捉えようとするその姿は、一切の妥協を許さず、貫き通された福島菊次郎の信念の姿そのものである。

  戦後日本のあり方を問い続け、メディアが報じない真実や国家のうそを暴いてきた反骨の報道写真家・福島菊次郎に密着したドキュメンタリー。敗戦直後の広島で被爆者や家族の苦悩を撮影し、隠ぺいされた広島の実態を暴き出して以来、確固たる信念で真実を伝えようとしてきた彼の生きざまや、カメラマン人生最後の取材場所として原発事故の起きた福島へと向かう姿を映し出す。監督は、数々のテレビドキュメンタリーを手掛けてきた長谷川三郎。朗読をベテラン俳優の大杉漣が務める。

 


 

            

      

 

 


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