一枚のハガキ(追悼 新藤兼人監督)


映画人生、最後にして最高の傑作

戦争がすべてを奪った、
それでも命のある限り、人は強く生きていく

2011/ 日本  /新藤兼人監督

●9月例会                      
17(月祝) 。隠院В娃亜´■隠魁В械
18(火) 。隠粥В娃亜´■隠后В娃

例会場は、京都教育文化センター

 戦争末期に召集された100人の中年兵は、上官がくじを引いて決めた戦地にそれぞれ赴任することになっていた。クジ引きが行われた夜、松山啓太(豊川悦司)は仲間の兵士、森川定造(六平直政)から妻・友子(大竹しのぶ)より送られてきたという一枚のハガキを手渡される。「今日はお祭りですがあなたがいらっしゃらないので何の風情もありません。友子」検閲が厳しくハガキの返事が出せない定造は、フィリピンへの赴任が決まり、生きて帰って来られないことを覚悟し、宝塚へ赴任する啓太にもし生き残ったらハガキを持って定造の家を訪ね、そのハガキを読んだことを伝えてくれと依頼する。戦争が終わり100人いた兵士のうち6人が生き残った。その中の一人、啓太が故郷に帰ると、待っている者は誰もおらず、家の中は空っぽだった。啓太が戦死したという噂が流れ、恋人同士になってしまった妻と啓太の父親は、啓太が生きて帰ってくるとわかり二人で出奔したのだった。生きる気力を失い、毎日を無為に過していた啓太はある日、荷物の中に定造から託されたハガキを見つける。一方、夫を亡くした友子は悲しみに浸る間もなく、舅姑から自分たちは年老いて働けないのでこのまま一緒に暮らしてほしいと頼まれる。その上、村の習わしで長男が死んだら次男が後継ぎとなることが決められており、友子には次男の三平(大地泰仁)と結婚をしてほしいという。他に身寄りのない友子は、愛する夫との幸せな人生を奪った戦争を恨みながらも、定造の家族と生きていくことを承諾する。ささやかな儀式で夫婦となった友子と三平だったが、しばらくすると三平も戦争に招集され戦死。その後、舅と姑が立て続けに死に、ひとり残された友子は定造の家族が唯一残した古い家屋と共に朽ち果てようとしていた。そんなある日、ハガキを持った啓太が訪ねてくる。クジ運だけで自分が生き残ったことに罪悪感を感じる啓太と、家族も、女としての幸せな人生も、何もかも失ってしまった友子。戦争に翻弄されたすべてを奪われた二人が選んだ再生への道とは……。

 

【新藤兼人監督の言葉】  

 人は老いれば、老いというものの中にいろんな問題を抱えます。金銭的に恵まれないとか、健康を害するといったことです。しかし、生き方の成り行きの中でそれらにまみれて自滅していくのはやはり悲しい。できれば、闘いながら終わっていきたい。そのためには何のために生きるかという自分の意志や個性、生き方をしっかり持っていなければならないと私は思います。



 【新藤兼人監督】広島県出身。21歳のころ、山中貞雄の映画『盤嶽の一生』に感動し、映画監督を志す。その後京都に出て、新興キネマの現像部の雑用からキャリアをスタートさせる。同部の東京事務所に移り、美術部門に潜り込み、美術監督水谷浩から教えを受ける。脚本家としても活動したのち、39歳にして『愛妻物語』で監督デビュー。『原爆の子』『第五福竜丸』『裸の島』『鬼婆』『藪の中の黒猫』『賛歌』『午後の遺言状』など多くの名作を残し、国内外の数多くの賞を得た。近代映画協会会長なども務めた。

 


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