君を想って海をゆく

 

 

国境を越えること、
生きるために働くことは罪なのか?
少年はドーバー海峡を泳いで渡る―
対岸のイギリスに暮らす恋人に会うために。

 

 2010年/ フランス/フィリップ・リオレ監督

●2月例会

12(日) 。隠院В娃亜´■隠魁В械
13(月) 。隠粥В娃亜´■隠后В娃

例会場は、京都教育文化センター

 

 

 2008年2月、17歳のクルド難民ビラルは、イラクから3カ月歩いてフランス最北端のカレにたどり着く。同じクルド人の恋人の住むイギリスに渡るために、ビラルは友人と密航を試みるが失敗。彼には、英仏海峡を泳いで渡る手段しか残されていなかった。
恋人に会いたいビラルは、一途に泳ぎの練習に励む。そんな中、彼はかつて水泳選手として名を馳せたことのある水泳コーチ、シモンと出会う。シモンは、難民支援を行う妻と別居中であった。妻とは対照的に、難民と関わろうとしないシモンは、ビラルと接していくうちに、彼の静かな情熱に心を動かされていく。
手を伸ばせば届くのに、離れゆく妻を引き止められないシモン。 過酷な宿命を背負いながらも、将来に希望を見出すビラル。
果たしてビラルは海峡を泳ぎきり、恋人のいるイギリスの地を踏むことができるだろうか。

 

 難民は、保護を求めた先の国の出入国管理法によって、行政から管理をされる立場にあります。しかし、多くの難民は、人種や政治的意見の違いによって祖国で迫害を受け、保護を求めて逃れてきた人たちなのです。

難民にとって、国境を越えるということは、ただ自分の望むところに行く過程に過ぎません。しかし、その国の法律によって、難民は、違反を犯した犯罪者として扱われてしまいます。それに対し、行政は、市民の安全のため、その国の法律を施行するために、難民を含めた「外国人」の管理を行わなければなりません。

日本の法律では、難民認定申請者は、基本的に就労が認められていません。しかし、申請期間は長期にわたり、結果が出るまで十分な保障を受けることができない現状で、難民申請者は、生きるために働かなくてはなりません。結果的には、非合法的な形で、働くことになります。それに対し、行政は、非正規就労を取り締まるために、監視を行わなければなりません。

では、今後、難民の問題をどのように解決していけばよいのでしょうか。本作品は、難民・管理する行政・支援をする市民そして難民に無関心な市民など、さまざまな視点から描かれています。簡単に、誰の行いが正しく、誰が間違っているということはできません。行政側を一方的に否定することもできません。しかし、国境を越えること、生きるために働くことを犯罪であると言い切ることはできません。

本作品は、私たちに、問いかけてきます。自分がその立場だったら、自分の行いが正しいと胸を張って言えるのでしょうか。おそらく簡単にはできないでしょう。できないからこそ、今後の難民の待遇について話し合う必要があります。

日本への難民認定申請数は、増え続けており、2008年には年間1000人を超えました。さらに、今年の9月には、タイからビルマ難民を受け入れる第三国定住が始まりました。この先、市民としてどう難民と向かいあっていくのか。今、難民について深く考えるべきときがきています。

 


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