『六ケ所村ラプソディー』鎌仲ひとみ監督・シネマ&トーク

「六ケ所村」に通っても通っても、再処理工場に「賛成」という人はカメラの前に立ってくれない

原発は平和利用、仕方ない
  『ヒバクシャ』の後、核の問題を考えながら、気持ちをリセットして今回の映画に取り組もうと思いました。
 日本人1億2千万人、誰ひとりとして電気を使わないでいる人はいません。ほとんどが原発は仕方ないとか、あって当たり前とか、平和利用だからいいんじゃないかと考えている現実があると思います。そういう人たちが自分と電気の関係に「あれ?」と思って観たい映画にしなきやならない、と思いました。55基の原発があって、目本の原力の3分の1を賄っている。そういう現実を根本から見つめなきゃいけないと思いました。
 けど、マスコミやテレビがもう何十年にわたって原子力や原発をテーマに番組が作られていないという現実があります。大事な問題なのに議論が開かれていないのは何でだろうと考えた時に、そのわけは明々白々としています。例えば、六ケ所村に住んでいる1万2千人の財布は1円まで核燃から出てきたお金なんてすね。2兆2千億円かけて建てられ、毎年60億くらいが宣伝費に使われ、関連企業が何百もあって、そこにまつわる経済で生きているわけです。自分の生活を支えてくれる相手に対して、NOと言えない構造になっています。

 

マスコミと電力マネー
 ひるがえってマスコミを見るとマスコミも同じなんです。あらゆるテレビ局の最も大きなスポンサーが電力会社なんですね。『ヒバクシャ』の時はこっちからお願いしなくてもいくらでもいろんなマスコミの方から取材が来ました。ところが今月初めて六ケ所村の工場からプルトニウムとして製品が出てきたという大事な時期にまったくこの映画を取り上げようとしないんです。
 先日、東京ペースのラジオ局にめすらしく呼ばれることがありました。するとディレクターが「鎌仲さんボクたちのスポンサーで一番大きいのは東京電力なんです。だから決して電力会社の批判をしないで下さい」と言うんです。本番が姑まると私の後ろに立っていて、ちびまるこちゃんのようにすだれがかかって心配そうにしているんですよ(笑)。
 あまりに新聞が扱ってくれないので、いろんなツテを頼って新聞に書いてもらおうとしてみると、ある所から核問題や原発について書いてもいいが、[六ケ所」について書くことは、今とにかく誰もやりたくない、そういう反応なんです。
 私の映画もどっかからお金が出てくるとヒモつきになってしまうので、自立した映画にしなきゃいけないと思い、作る時に「推進派も反対派も同じように取材します。反核運動からも自由になって取材して、そこに矛盾があってもそのまま映画にします」と言って支援を呼びかけました。それでようやく資金が集まりスタートして、スタッフ三人が飛行機に乗って羽田から三沢に行く。それで一週間取材する。それだけですごくお金がかかります。反対派、推進派両方から取材しますと言いながら、反対派の人はいくらでも話してくれるのに、通っても通っても「再処理工場は必要だ]と言うような賛成の人は誰ひとりとして私のカメラの前に立ってくれない。貴重なお金がどんどんなくなっていくのに、思う通りの取材が出来なくて、ドロ沼に陥るようになったんです。

 

本当の豊かさって何でしょう。お金に換算できないものは価値がないという社会は一方で、ふるさとや環境の豊かさを破壊している。

 

取材にかかる圧力と拒否
 日本原燃という再処理工場を運営している会社もハナから私の取材を受け入れてくれない状況でした。広報担当の方から「NHKでも朝日でもない、鎌仲さんはすごく小さなメディアですよね。取材を申し込まれたからといってすべてに答なけりやならない義務はないんですよ」と言われました。説明会へ行くと社長さんが出てきて「どんな小さなことも皆さんに逐一報告して情報公開を心掛けます」とおっしやいます。協定式の記者会見に申し込んでいても入口で大きな黒服の男の人が「オレが聞いていないから、あんたはダメなんだ」といって立ちはだかるんです。毎日新聞の若い記者が来て[ここは誰でも取材してもいい場なんだからこの人を入れてあげるべきです」と交渉してくれました。今回も劇場公開の際、まともに記事にしてくれたのは毎日新聞と埼玉新聞だけでした。本当にマスコミが機能していない伏態なんです。毎月一回しつこく取材を申し込んでいたんです。すると「記者クラブにはいっていないとダメだ」と言うんです。それならと記者クラブの幹事に電話したら「ボクたちを撮らないんだったら一回位いいでしょう」って言ってくれました。すると5分もたたないうちに日本原燃から電話があって「記者クラブが許可してもダメだ」と言うんです。圧力がかかるいってのはどういうことなんだろうなと思います。

 

原発一日の770倍の汚染
 今日本に55基ある原発は対北朝鮮の核実験問題もあって厳戒体制に入っています。海上保安庁もテロ対策で24時間体制で監視しなければならなく、それにかけている予算も莫大になっています。
 この春、六ケ所村でついにプルトニウムが出てきました。その処理をする課程で放射能がどれだけ出ているか、ホームページを通してリアルモニターで誰でもが見れるようになっているんです。反対派の人たちはという言い方をしていました。「一日で原発一年分を出す?」「まさかそんなに本当に出るのかな?」って内心思ってました。半信半疑だったんです。だから私はナレーションで200倍から300倍という風に言い直しているんです。3月31目の稼動が始まるまで、実際どうなるのかというのは仮定とか推測でしかなく、反対している人も賛成している人も心の底ではそんなに出るわけないだろうって思っていたんだと思います。
ところが7月分8月分の出した数値が発表されてみると、なんと770倍になってたんです。実際にこれだけ出たという数値が普通の原発の770倍の放射前景だったんです。それで安全だと言われても、果たしてどうなのかということが問われているわけです。実際にやってみると予想していたことと違うことが起きています。放射性物質の混入した空気を150mの高い煙突から放出すると、上空で拡散して万遍なく広がって低い数値になるという発表だったんです。で実際にはなんと、出したものが逆流して戻ってきている現象が起きています。
渦巻きのように滞留して遠い所まで飛んでいかず、工場周辺に落ちている。この間、大阪でのイベントでその話をしたら、会場に来ているある方が「その現象は四日市の公害の時から起きている。工場の高い煙突からばい煙を出しても、拡散せず戻ってくることは実証されている」ということを言われました。
四日市の公害体験の教訓が全然生かされていなかったなと思うんです。

 

過疎の村になったとしても、この美しい海が守られたらそれでいい
 今では、六ケ所村はうっすらと放射能汚染が始まってしまったわけです。空気だけじゃなく、海にも700倍近い放射性物質が流されている。岩手県の漁民の方たちも強い危機感があります。岩手県は原発も火力発電も作らないで、新幹線もよけて通るくらい開発されないままでやってきた。でも県民の意識はすごく高いんです。今年の夏、亡くなってしまったあるおじいちゃんなんですが、20年前ここに県知事が原発を作ろうとした時、町の要職にあったのを辞職し、漁民を組織して反対運動を貫き、誘致を撤回させたんです。その時「知事さん、あんたの寿命はたったの4年だろう。俺たちは先祖代々この海を守ってきたんだ。原発建てなくてここが過疎の村になったとしても、この美しい海が守られたらそれでいいじやないか」と言ってやったと言います。今、その自分たちが守ってきた海が汚染されてしまうのがわかったとき、どうしたらいいかわからないと悩んでいるんです。

 

人間はしがらみに弱い、金に弱い、自分に弱い
 日本人が持っている優しさっていうか、人間の持っている弱さというか、自分自身に弱い。本当に弱い存在だなあと思います。六ケ所村の人たちが仕事がない。土地も売っ払って、どうやって食べていったらいいかわからない時に、お上から差し出された選択肢はふたつ、出稼ぎに行って貧しく生きるか、放射能汚染をもたらすかもしれないけれど核施設を受け入れて生きるか。安全だというおまけもついてくる。でも六ケ所村のみんなはちょっとヤバいかもしれないってわかっている。けど、これは国策だ、未来のエネルギーにとって必要なんだという大義名分を心の真中において、不安や心配をどこかに押しやって、いいんだと納得させて選択せざるを得ない。
 再処理施設で働く若者はいい給料を貰って、いい車やブランド品を買える生活、それが村の中では憧れにもなっている。でも、それは日本中で起きてきたことで、たまたま六ケ所村は核施設だったんです。放射能施設を受け入れた引き換えに経済発展を遂げた、それで村が豊かになったのか。本当によかったのかが問われているんだと思うんです。

 

お金に換算できないものは価値がない?
 青森のおじいちゃんは、家の前の海にお気に入りの岩場があって、ちょっと行っては海苔を採って来て、味噌汁に入れて食べる。これがすごい美味しいんです。そういうのを豊かというんじゃないかと思うんです。
 お金に換算できないものは価値がないという、そういう社会を私たちは戦後一生懸命作ってきたんじゃないのかなって気がします。経済成長をして、社会がこんなに便利になった、こんなに豊かになったというところを見ている。一方でふるさとや自然環境の豊かさを破壊することが同時に起きている。このままいくと破綻は近いなと思われます。
 東北一帯というのは目本の農産物の生産を担っている所です。が、うっすら放射能汚染に晒されている。私たちはそれを選択しても、原発で電気を作るってことを無自覚に受け入れている。

 

世界は脱原発をめざす
 
原発がなけりゃ日本の電気どうするんだとよく聞かれるんですけど、世界中が電力消費を拡大していくんじゃなくて、いかに抑えていくかという時代に入ってきました。世界中がアメリカ人のように暮らしたら破綻するのはわかっている。ドイツでは政府と電力会社が同じテーブルに座り、原発を未来のエネルギーに選択するのはやめようという決断をしました。それ以来自然エネルギーにお金をかけるようになった。省エネという技術がものすごく進んでいる。
 プルトニウムという原料をを燃やせば、また新たなプルトニウムができる。そのプルトニウムを使い回していけば夢のエネルギーになる構想が40年前にあったが、これは無理だとフランスもイギリスもやめたが日本だけが続けている。このプルトニウム型原発もんじゅは40基建てないと電力会社は経済的にペイしないんです。何千兆円という天文学的投資をしないとプルトニウムサイクルは構築できないのは既にわかっている。
 2010年に燃料電池で爆発的技術革新が起きると言われています。実用化に向けて世界中の企業が燃料電池の開発に主力を注いでいます。今の原発は300万キロワット分の熱を起こして、そのうち100万キロワット分だけを電気にして、200万キロワットは海に捨てているんです。その100万キロワットを高圧電線で都会に運んでいると6割なくなるんです。
 燃料電池だとひとつひとつの家や地域で電気を起こしてエネルギー的に自立できると言われています。何千兆円をプルトニウムにお金をかけているより、そっちにかけた方が気持ちがよさそうだなと思います。そういうことが私たちのエネルギーの未来に関して選択できないのはまず知らないから、興味がないからだと思うんです。

 

私たちは自然に謙虚にならないといけない
 ドイツは原発をやめ、自然や省エネ技術開発のベンチヤー起業に政府が後押しをし、それによって12万人の雇用が生まれたといわれています。イギリスは今23基の原発がありますが去年から1年に1基つぶして20年かけてやめる。その20年の間に新しいエネルギーを構築しようとしています。でもやっぱり原発という勢力もあり、それは議論になっています。ヨーロッパにはやはり、チェルノブイリの時、逃げ場もないし、食べるものがない、という体験があるんですね。もう1回そういうことがあればおしまいだという思いがある。
 1基の原発が1年稼動するのを1原発年といいます。日本は1年で55原発年なんです。それが1千年だつと1回原発事故が起きるといわれてます。だから少しでも原発を減らしていかないとその1千年が近いんです。リスクのあることはやめようというコンセンサスがドイツやイギリスではとられ、スエーデンやデンマークでは風力発電の技術を世界中に輸出しています。ドイツは風力で18%、日本はかなり立ち遅れていて1%、これを1.3%にしよういうのが目標なんだそうです。

 

核廃棄物撤回した津野町そして余呉町へ
 高知の四万十川の上流の津野町で高レベル核廃棄物を埋めようという計画が持ち上がりました。そこの地域の人たちは突然ふってわいた話に混乱し、いろんな運動を起こして白紙撤回させました。そこまでにはいろんなことがあって、まず小出先生が行って勉強会をしました。私の映画も上映しました。事業者は東京大学の教授を呼んで絶対安全だという説明会を行いました。そこで村の人が「高レベルの周りを包んでいる金属はどれくらい腐食するものなのか?」と聞いたところ、その若い先生ですごく正直で「1年に4センチ腐食する」って言ったんです。ところが中味の放射能の毒性は100万年続くっていうんです。「そうしたら中味が出てきちゃうじゃないか」って言うと、「粘土で固めているから大丈夫です」って答えるんです。こりゃ本当にダメだと、村から出て行った若者が親に「そんなもの受け入れるんじゃない」と電話しました。村全体としても、貧しいのでお金が貰えるからという考え方を見直そうということになりました。町の議員の方が反対の会に来て「いや、2億円に目が眩んでしまったんだ」と、もう誘致はしないと言うんです。津野町がダメになったら今度手を上げたのが滋賀県の余呉町でした。余呉湖というのは琵琶湖の水源地帯です。世界中で猛毒の一番危険な放射性物質の処理が議論されています。研究者たちは目本の地層には地下水が流れているため無埋だろうと言われています。地下水のない地層は富士山のてっぺんしかない。それでも穴掘って埋めようという計画は止まらないのです。
 地下水というのはどういう風に水源と結びついているのかあまり研究されていない。ボーリング調査してみないとわからない。私が知っている所どこでも掘ること自体で汚染が生じています。幌延はホウ酸や砥素が出てきてますし、岐阜県土岐市は劣悪なウラン鉱が見つかった。既に埋める前に環境汚染が起こってしまっています。目本の地層は火山地帯ですので地球深くに閉じ込められている有毒物質を環境にさらしていく。私たちは自然に対してもっと謙虚にならなきやいけないなぁと思いますね。自然と共に自分たちは生かされている、バランスを取りながら文明をどう維持していくかが課題の時代になっていると思います。

 

知ることから始める選択
プルトニウム型原発で電力会社が経済的にペイするためにはあと40基必要だと言われています。1基1基が従来型の原発の50倍から100倍の予算がかかるといわれ、更にそれをシステムとして構築するのには何千兆円を投入しないとできない。そのために、この再処理工場を皮切りに動かしている。私はこの問題をまっさらになって見ようと思うのですが、どう考えてもおかしい。何故今のこの時代にこんなごとしなければならないのか答がない。答がないのにどんどん進んでいる。
 問題は自分たちが使っているエネルギーについてあまりに知らない。まず知らないと始まらない。私はこの映画で観る方に結論を委ねています。知ってもらうことから選択すべき時に来ていると思います。


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