「パラダイス・ナウ」で考えるパレスチナの現在

 2008年の6月例会は、岡真理さん(京都大学人間・環境学研究科准教授:現代アラブ文学、第三世界フェミニズム思想専門)に来ていただき、イスラエル占領下の町ナブルスを舞台に、自爆攻撃に向かう二人のパレスチナ人青年の苦悩と葛藤(かっとう)を描いた問題作『バラダイス・ナウ』を通して、パレスチナの現在を考えました。例会評点はこの岡真理さんのトークに参加した会員の評点がとても高く、映画の歴史的背景や日本とのつながりを考慮に入れて作品を鑑賞することの大切さを実感した例会になりました。

日本の朝鮮植民地支配とイスラエルのパレスチナ軍事占領

 「パラダイス・ナウ」「今、天国」という題名が極めて逆説的なものと監督が語っていますが。主人公の名前「サイード」もアラビア語で「幸福」という意味で逆説的な意味があります。
 映画の舞台のナブルスという街があるヨルダン川西岸地区というのは1967年以来イスラエルの軍事占頷下に置かれています。昨年2007年でまる40年です。1948年パレスチナの地にユダヤ人国家イスラエルが建国されることによって故郷を追われ難民になった人たちがいます。この出来事から今年で60年になります。おそらく難民3世にあたり、サイードは生まれた時から、難民として、また軍事とガザ地区の軍事占領から40年。40年間軍事占頷下にあるとはどういうことなのでしようか。人間が軍事占領下で生きることを強いられているということです。私たちが想像力を働かせてどこまで考えることができるのか問われているように思います。


 例えば2000年9月にインティファーダ(イスラエルの占頷下に対する抵抗運動、一斉蜂起)が始まりました。イスラエル軍はアメリカから提供される最新式の軍事兵器で、パレスチナの町や村に軍事侵攻します。これに対して苛烈化する抵抗の中で、パレスチナ青年によるこのような自爆攻撃も頻繁におこなわれるようになりました。
 その当時日本のマスメディアは、まるで枕詞のように 「テロと暴力の報復の連鎖が続くパレスチナ、イスラエルで…」といった言葉が多用されていました。しかし、イギリスのBBCでは「日本の朝鮮植民地支配を上回る39年間に渡るイスラエルの軍事占領が続くパレスチナで…」と報道していました。自爆攻撃が起こっているこういう状況を、短い文言の中で極めて歴史化して語っているわけです。
 

1947年国連総会によるパレスチナ分割決議

  1947年、国連総会がパレスチナを分割して、そこにアラブ国家とユダヤ国家を建設することを決議します。翌48年ヨーロッパのユダヤ人のための国イスラエルが建国されます。現在、分割案による国境線の大半はイスラエル領土内にあります。国連決議に定められた1.5倍上回る領土を占領しているのです。イスラエル国家の成立というのは国連決議を踏みにじってできたといえます。しかし分割決議自体にもいろいろ問題があります。当時、パレスチナ総人口の3分の1、パレスチナ全土の6%の土地しか所有していないヨーロッパのユダヤ人に対して、パレスチナの52%を分割すると定めています。当然アラブ側は反発しますが、そもそもパレスチナ人の土地を分割してそこにヨーロッパのユダヤ人の国を作るということを決める権利が、はたして国連にはあるのでしょうか。


 あまり知られていないことですが、分割案が採択されるに先だって国連総会は特別委員会を設けてあらゆる角度から検討しています。このアドホック委員会は、第一次大戦後、イギリスの委任統治下にあり、パレスチナ人が独立できるまでの間、国連から委任されて統治を行うのが目的であるのだから、ヨーロッパのユダヤ人がそこに国を建設するということは国連憲章に違反している疑いがある。45年ナチスが敗北しアウシュビッツなどの収容所からユダヤ人が解放されると、ヨーロッパのユダヤ人難民問題がおこる。これはヨーロッパの関係当事国で解決されなければならない問題であって、パレスチナに彼らの国を作って解決させるというのは政治的に言って不正である。とアドホック委員会はこんな分割案は機能しないと勧告しているにも関わらず、超大国の圧力と数の論理で否決されます。60年後の今の現実を見ると、このアドホック委員会の結論が正しかったといえます。


 47年の分割決議直後から48年のイスラエル建国をはさんで、ユダヤ教徒でないパレスチナ人に対する民族浄化かおこります。具体的には虐殺、レイプ、強制追放です。100万のパレスチナ人のうち80万人以上の人々が難民となります。この暴力的に故郷を追われた人々が難民となって、今年で60年になります。60年もの歳月、人が難民であるということはどういうことか。難民として生まれ、難民として死んでいくのです。

1948年イスラエル国家建設「大いなる災い・NAKBA」
 

 イスラエル分離壁、人種隔離壁ができる以前は、占頷下のパレスチナ人はイスラエル経済にとって、非常に安い労働力でした。皮肉なことに帰りたい故郷に出稼ぎに行きながら何とか食いつないでいたわけです。しかし分離壁の後は、それすらできなくなった。潜在的に自爆テロを行う可能性のある青年男性には通行証がおりない。貧しい難民たちは未来に対し何の展望も見出せない。パレスチナ問題の根源には↓948年のユダヤ人国家建設があります。
 1948年のパレスチナ難民は80万人でしたが、今や400万人以上です。最近のあるアラビア語の新聞には600万人ともありました。世界の難民の4人に1人がパレスチナ難民です。しかも60年に渡って帰還することができない。世界で最大かつ最長の難民問題です。


 この60年前のパレスチナ人の身に起きた悲劇をアラビア語で「NAKBA(ナクバ)」と呼びます。「大いなる災い」とか「大いなる破局」という意味です。日本のフォトジャーナリスト広河隆一さんが『パレスチナ−1948 NAKBA』という映画を製作しました。広河さんが60年代半ばにイスラエルの集団農場(キブツ)に行った際、そこに瓦瞳の山を見つけた。それはパレスチナ人の村の跡だった。イスラエルという国が、もともとそこに住んでいたパレスチナ人を暴力的に民族浄化して、その結果作った国だということを知って大きな衝撃を受けます。

世界各地から政治的に集められた「ユダヤ人」

 パレスチナ問題と言うとアラブ人とユダヤ人の旧約聖書の時代から続く民族対立、宗教対立であるかのように語られますが、ユダヤ教を信仰する人々をひとつの民族とする考え方は、実は近代に生み出されたものでした。
 ユダヤ人のための民族国家をパレスチナに建設する運動、これをシオニズムといいます。 これは19世紀後半のヨーロッパで生まれたものです。当時このシオニズムを支持するユダヤ人は圧倒的に少数派でした。そのことは、イスラエルの初代首相でシオニズムの指導者ペン・グリオンがホロコーストについて「シオニズム運動に賛成しないで、ヨーロッパに留まりナチスの反ユダヤ主義の犠牲になったのは自業自得だ」と語ります。シオニズムの指導者は、ヨーロッパからユダヤ人を追放しようとするナチスとの利害が一致したため、ナチスに働きかけてユダヤ人追放を促進することさえしました。
 シオニズムはヨーロッパユダヤ人から起きた運動ということです。600万人ともいわれるユダヤ人のホロコーストが起きた結果、生き残った人々はパレスチナヘと渡りました。
 が、このホロコーストの結果、ヨーロッパユダヤ人だけではパレスチナでの国家建設にユダヤ人人口の圧倒的多数を占めることができない。


 そこでヨーロッパ以外からもユダヤ教徒をかき集めることになります。ユダヤ人というのはヨーロッパだけにいるわけではなく、歴史的にアラブ、イスラム、アフリカにも多数居住しています。そういう人たちも大量にイスラエルに移住させられる。イラクやモロッコなど、アラブ系のユダヤ教徒として生きてきた人たちが、ある日突然ヨーロッパのユダヤ人中心に作られた国家イスラエルに移住させられるのです。アラブ欧界のユダヤ教徒たちもパレスチナ人と移住の方向は違いますけど、同じ運命を強いられます。
 『約束の土地』という映画はエチオピアのユダヤ教徒がイスラエルに移住させられ、イスラエル社会で差別されている話を描いています。
 

何故、アジアに、ユダヤの国を作る運動が正当化されたのか

 現在イスラエル人口の20%がパレスチナ人です。残り80%はユダヤ系ですが、そのうち過半数がアラブをはじめとする非ヨーロッパ系です。
 そもそも、何故、ヨーロッパではないアジアのパレスチナの地に、ユダヤ人の国を作る運動が正当化されたのでしょうか。ここにはヨーロッパ帝国主義の国々がアジアアフリカに抱いていたレイシズム、人種差別や植民地主義の価値観が、シオニズムの中にもあったのです。ですからイスラエルという国はアラブ人に対する人種差別の上に成り立っている国なのです。ヨーロッパユダヤ人中心に構成されている社会の中では、アラブ系淑民というのは二級、三級淑民として差別されています。

パレスチナ青年の自爆という行為がどのような現実から生まれているのか

 イスラエル、ユダヤ民族の誇りある歴史というのはどういうものでしょう。二千年前ローマ帝国に追放、世界に離散を強いられ、世界各地で追害される。20世紀にはホロコーストという未曽有の悲劇を体験したユダヤ人が、パレスチナに帰還して祖国を再建する。二千年来の民族の悲願を実現した、それがイスラエルだといいます。
 しかし、このような考え方自体が19世紀の後半にヨーロッパで生まれたシオニズムが作り上げたイデオロギーです。国民教育を通じてイスラエルのユダヤ人に教え込まれ、世界的にもプロパガンダの力によって広く共有されています。日本の私たちも、パレスチナ問題と言うと、ユダヤ民族とアラブ民族が教千年の昔から対立しているかのように思ってしまいます。アラブ人のユダヤ教徒がいたり、ユダヤ教徒もアラブ人として千年以上共生してきた歴史があるということもほとんど知らずに、イスラエル国家=ユダヤ民族の民族的悲願の成就と信じてしまうのです。


 イスラエルがようやく祖国再建を果たし、その安全を脅かすテロリズム、その行為が聖戦だ、殉教だと狂信的に信じるのがイスラム教徒なんだと考えてしまう限り、パレスチナ問題は何もわからない。この映画でサイードが行うこと、行おうとしていることの意味は理解できないでしょう。
 植民地主義、アラブ人に対する人種差別によって60年前民族浄化され、そして40年間軍事占頷下にある人々、彼らこそこうした歴史的不正の犠牲者であるにもかかわらず、この世界は60年間に渡ってパレスチナ難民を放置し、40年以上に渡ってイスラエルの軍事占領を放置しているのです。その中で、彼らは残された最後の手段に自らの肉体を武器に自爆するしかない。イスラエル国家がいかなるものかを理解しないと、その現実が見えてこないでしょう。


 と、このようなことを申し上げるからといって、私自身がパレスチナ人の自爆はテロじゃないとか、民族の解放のためであったら自爆で民間人を殺傷することも許されるんだということを申し上げたいからではありません。私自身は人の命を奪うことを肯定したり正当化したりするいかなるイデオロギーも反対です。
国際法では戦争は主権国家間の紛争を解決する手段として合法とされていますが、私はそれにも反対です。また国家なら人を殺してもいいんだとする発想、死刑制度、これにも反対です。パレスチナ青年の自爆という行為が一体どのような現実から生まれているのか。いったい「占領」って何なのか?40年間、人が軍事占領下で生きることを強いられるということは、人間にとってどういう経験なのか?私たちが具体的に、理解しようとすることがなければ、見えてこないのではないでしょうか。

「占領」って、いったい何なのか

 『ウィメン・イン・ストラッグル(目線)』という映画があります。監督はブサイナ・ホーリーさんという66年生まれの女性です。70年代初頭に民族解放のために武装闘争に参与した女性たち。彼女たちはイスラエルに逮捕され、見せしめのために性的拷問を含め、過酷な10年間を監獄で送ります。20代から30代の人生で最も輝いていた時期を犠牲にした彼女たちが、80年代半ばに釈放され、20年後、過去と現在を振り返っての証言を綴ったドキュメンタリーです。ブサイナさんが繰り返し強調していたのは、彼女たちは、イスラエルから見ればテロリスト、パレスチナから見れば民族解放の英雄、でも私は人間としての彼女からを見てほしいということでした。
 そのことは『パラダイス・ナウ』のハニ・アブ・アスアド監督が「物事を邪悪と神聖に分けるのはナンセンスだ。私は複雑極まりない現状に対する人間の反応を描いている」と語っていることに共通するものがあると思います。
 ブサイナさんは占領について次のように語っています。「…占領は私たちから刻一刻と尊厳を奪い、私たちの人間性を失わせます。…一生涯、辱しめながら生きるのです。人生のあらゆる瞬間を支配されて、何をするにも占領者の赦しを乞わねばならないのです。…占領は恥ずべきものであり、卑劣であり、占領に正義はありません。占領は非人間的なもので、辱めです。人を破壊する苦しみです。私たちはその辱しめと闘い続けているのです」。

我々が、何故説明しなげればならないのか、責任はいったい誰にあるのか?

 この映画の中でサイードの父親はイスラエルへの協力者、密告者としてパレスチナ人に殺されています。このお父さんも難民の2世で、構造的な貧困の中で、愛する家族を養うために、民族を裏切らざるを得なかったのでしょう。


 「占領は、人間の最も弱い部分につけこんでくる」とサイードは語ります。民族のために、という部分に、かろうじて彼らの人間としての尊厳が支えています。サイードたちは弟のTシャツを着て髪もボサボサだけど、不正や暴力の占領に対し、抵抗して闘っていると、信じる義があります。しかし、占領は愛する家族のためにイスラエル協力者になるということは、パレスチナ人に残されていた最後の尊厳を破壊してしまいます。
 相手が人間の最も弱い部分につけこんで人間の尊厳を破壊してくる限り、自分たちもそれと同じ早劣さで戦い続けなければいけない。この映画では、決して殉教だとか、聖戦だとか、死んだら天国に行けるということではなくて、ひとりの青年が、何とか自分の中で自爆という行為を肯定しようとする論理を見せてくれています。
 朝日新聞の外報部で、アパルトヘイト時代の南アフリカや、北朝鮮にも行ったことある方ですが、最も悲惨だったのが、ガザ地区だとおっしゃっていました。それは第二次インティファーダが始まる前、私たちが和平プロセスと呼んでいた90年代のガザです。何故なら、全く希望がないからだと…。


 今やガザは全体が壁で囲まれて、食糧や医薬品、また住民の出入りもイスラエルによって管理され、ほとんど飢餓状熊に置かれています。人々は今日を生き延びるために必死であり、今後この世界が変わるなんてことがあるはずがないと絶望しているのです。
 恋人のソファーがサイードに「お父さんが亡くなったことを話して」と、聞くシーンがあります。それに対してサイードは「何のためにか。上流階級の同情を買うためにか」と詳しくは語りません。
この映画で、占領下の現実、具体的な描写はほとんどありません。サイードがソファーに語った言葉というのは、実は観客である私たちに語られているのです。


 今日を生き延びるために精一杯である我々が、40年間無関心であり続けた世界に対して、何故説明しなければならないのか。一体、それを知る責任は誰にあるのか。我々が説明しないからいけないのか。
世界に対する限りない絶望感の中から、こうした自爆が生まれてきている。それがテロだとか、民族解放の正義だとかといった価値判断を加えずに、人間の状況を描いている作品だと思うのです。

自らの植民地主義的な過去に対する否認の歴史的同盟を結ぶ日本とイスラエル

 大英帝国は二枚どころか、三枚舌外交です。『アラビアのロレンス』でも有名ですが、イギリスは、アラブの独立を認める条件で、アラブがオスマン帝国の支配に反乱するよう求めます。オスマン帝国と同盟しているドイツの連合を崩すためです。一方で、戦後パレスチナの地にユダヤ人の民族的郷土に建国を認めるといって膨大な戦費の調達を得ます。またその裏では、フランスと戦後パレスチナのイギリス統治を密約しています。イギリスの委任統治の下で、ヨーロッパから次々とユダヤ人が入植してくると、それに危機感をもったアラブ人が、イギリスに対して反乱を起こします。イスラエルの建国前のパレスチナを巡る状況が混乱を極めると、イギリスはすべてを国連に丸投げし、委任統治を勝手に終了して撤退してしまいます。その結果がこの今のイスラエルやパレスチナ、この60年間なのです。


 そういう意味で、西アジアにおける大英帝国は、東アジアにおける大日本帝国です。ユダヤ人が植民地支配をしてきたツケを、パレスチナの人たちに払わせてきたように、日本の朝鮮半島の植民地支配があります。日本の植民地支配がなかったら、東西冷戦下による朝鮮半島分断、祖国の地を踏めない離散状況ということはなかったかもしれない。今年2008年は、パレスチナの難民化の問題発生から60年であると同時に、韓国のチェジュ島における四三事件から60年でもあります。
 自らの歴史的な過去にキチンと向き合わない、アジアの東西にあって、日本とイスラエルは、自らの植民地主義的な過去に対する否認の歴史的同盟を結んでいるのです。(おわり)

 


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